2011年4月10日日曜日

行きも帰りも渋滞の道へ(おとぎ電車の痕跡探し)

今日は絶好のツーリング日和でした。
タラの芽を求めて南に走りだしたのですが、旧奈良街道は大渋滞。
「あいたっ!天気が良い!桜満開!秀吉もびっくり!醍醐の桜!名所!みんな行く!渋滞!参った!」
で、新奈良街道から日野を通って炭山経由で天ヶ瀬ダムへ。

「あ、おとぎ電車!」


思い出したので、ちょと寄り道です。
バイクを止めた辺りに「おとぎ電車」のアーチがあったそうですが、何の痕跡もありませんね~


煉瓦造りの建物が旧志津川発電所で、この建物の裏側に駅への道が有ったようですが、立ち入り禁止で入れませんでした。

右端の、コンクリート護岸になっている辺りから、おとぎ電車の敷地だったのかも知れません。


上の写真の右側を撮影してます。

ダムの真下辺りが天ヶ瀬駅の駅舎になりそう・・・

と、ウダウダしてたらもう11時。タラの芽を求めて再出発!
天ヶ瀬から青山トンネルを抜けて宇治田原。ここで右折をして井手町を目指すつもりだったのですが、またまた心変わりして左折。
郷ノ口から猿丸林道をダラダラと走る。桜と梅が美しい高尾の集落を過ぎ、大峰山の三角点で小休止。
さらにダラダラと走って猿丸神社。

「あ、去年行ったタラ畑はどうよ?」


な~んも芽吹いてませんでした。
「じゃ、新しい道のタラはどうよ?」と、思ったものの・・・

曽束でうっかり左折。曽束大橋を渡った所でやっぱり左折。
「れ、二ノ尾!」 から、そのまま山越え。
「ら、炭山!」 から、山を下りたら日野。んで、醍醐がまだ渋滞してましたーっ!!
「な、な、なんちゅうこっちゃ!同じ所に戻ってくるなんてっ!オレって記憶力ゼロかいなーっ!」

と言う事でした!


2011年4月4日月曜日

京津電車

1970年頃から1980年代の初め頃まで、ほぼ毎日乗ってました。
この写真は2両編成でパンタグラフ式ですが、'70年頃は1両のみでまだポール式でした。
で、私がバイクに夢中になってる間に京津電車は地下化され、路面電車じゃなくたったんです。
しかし、三条通には京津電車が走ってるぜ・・・ 線路で滑らないようにしなければならないぜ・・・ 慣れないと「プワ~ン!」で焦るぜと・・・
何時まで経っても、この写真のままのイメージが抜けません。


画像はGoogleからお借りしてきました。

ここから西へ800メートルほど行くと東海道の起点三条大橋。
「流石に、京の都の東海道は、昔から広かったんだな~」と、ずーっと思ってたんですが・・・

先週、こんなものを発見!


1918年7月の地図です。
当時の三条通は電車を通せる程の幅は無かったようで、京津線は古川町通の角から北へ上って現在の家政学園をかすめ、蹴上の発電所横で三条通に戻っていたんですねぇ。
力いっぱい、びっくり!です。
詳しくは「京津線の旧線痕跡を発見! │ 京都ずんずん」をご覧ください。
いや~ 面白い発見です!


2011年1月29日土曜日

続 型取りくん

硬くてしっかりしたプラスチックになってます。


ガ~リ ガ~リ ガ~リ


ふむふむ・・・


イ──ン イン イン


ふ~む ふむふむ・・・


ん──、  黒は耐熱塗料しか残ってないのか・・・


う~ん・・・

ま、いっか。