2020年7月4日土曜日

知らなんだ! MAZDAがオートバイを作っていたとは・・・

いや~知りませんでした。
マツダは最初っから4輪を作ってたメーカーだと思ってました。
マツダのルーツは、1920年(大正9年)創業の「東洋コルク工業」なんだそうですが、その東洋コルク工業の二代目社長に就任した松田重次郎氏は、中々に先見の明がある方だったようです。
1923年(大正12年)の関東大震災により業績が悪化した1927年(昭和2年)に、「東洋コルク工業」から「東洋工業」に社名を変更、かねてからの目標であった機械製造へ大きく舵を切ったのでした。
社名変更した翌年には参考の為にイギリス製バイクを2台輸入。
当然エンジン等の製作は初めてだったものの、2年後の1929年(昭和4年)には排気量250ccの2ストロークエンジンを製作し、翌1930年(昭和5年)には6台の試作車を完成させ市販化までこぎつけたのでした。
ちなみに、完成したバイクは招魂祭と言うレースで外国製バイクを抑え、初出場にして初優勝という快挙を成し遂げたそうです。


これがそのバイク。
とても昭和5年に作られたものとは思えない完成度です。

で次に作ったのが、大ヒットした「マツダDA型」


1931年10月から生産を開始し、1932年450台、1933年700台、1934年900台、1935年には1100台と、順調に販売台数伸ばして行ったそうです。

いや~ MAZDAがバイクを作ってたなんて全く知りませんでした。
やるな~ MAZDA。

にしても、日本の自動車メーカーは何処も凄い!誇らしい!


4 件のコメント:

Takesan さんのコメント...

オート三輪が最初だと思ってました。
日本の二輪黎明期って、聞いた事ないメーカーばかりです。
シリーズ化して紹介して下さい。
楽しみに待ってます。

buratto28go さんのコメント...

Takesan、そうでしたそうでした。オート三輪でしたね~
初期型は手でウインカーを出してました。
クーペにキャロル、可愛かったですね~
同じデザインで電動を出したら良いのに。

ホワイト さんのコメント...

マツダに乗っていましたが2輪を作っていたのは知りませんでした。
たしかにオート三輪は走っていたように思います。
クーペはかっこはよかったのですが小学生の私が乗っても狭かったです。
キャロルは父が乗っていました。スバル360が昇る坂を上がれません、裏技でバックで登っていました。
のどかな頃の話です

buratto28go さんのコメント...

ホワイトさん、貴重で面白い話有難うございます。
実際に乗っておられた人の話ですので非常に興味深く楽しいです。
がしかし、あの頃に車に乗っておられたとは、ホワイトさんちはお金持ちだったんですね~
我が家は随分後です。
サニーの時代になってからだったような・・・
にしても、昔の車は可愛いですね~